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立派な社会人だからこそ人間らしく生きなきゃ損そんっ!
みんな、今回も読みに来てくれてありがとう。

何か凄い台風がやってきたが、やっと過ぎ去ってくれた…。(笑)
突然の突風が吹いたり、突然静かになったり、変な台風ではあったが、まあ過ぎ去ってくれて良かった。この台風が来ている期間はずっと仕事仕事と、ノートパソコンのタイピングにせいが出たが、やはりまだ打ち間違え等をしてしまうのには未だに変化がない。気にすれば気にするほど、異様に執着してイライラしてしまう…。(笑)

それでは、今回の僕のテーマは、大人になると、常々思う人生や遊びも含め、今後も人生の永遠のテーマとなってゆく【 社会人 】という重いテーマを色々な角度から分析した記事を今回も書きたい。

【 社会人 】…。
この言葉は非常に重い。(笑) 僕は今までに何度となくこの【 言葉 】で悩まされ、そして歓喜したり、そして時には達成感を感じたり色々な劇的人生をこの【 社会人 】という言葉を噛み締めながら生きてきた。20代の頃は【 社会人 】という言葉を意識してがんばった時期もあったが、今から振り返ると、まだまだ【 透徹 】していなかったと思う次第で反省ばかりが脳裏に浮かんでは消える…。(笑)

しかし、一歩引いて、改めて【 社会人 】とはいったい何なのだろう…と素朴な疑問として考えてみた。これは、正直な話だとは思うが、決して我々【 大人 】とよばれる人々は、好きで【 社会人 】になった人は、絶対にこの世に一人もいないと僕は確信している。その中で…人生の中で、一度や二度…もしかしたらもっとかもしれないが(笑)、『 ああ、自由が欲しい、自由になりたい 』と思った瞬間に、それはもう自ら進んで【 社会 】に出た証拠ではないからである。

一応、この文章を読んで、『 勘違い 』をされると困るので補足として付け加えをするが、上記の文章は、深層心理を【 厳格 】に言い切った事の内容なので、薄っぺらく考えると、その時点で今回のテーマから外れてしまうので、今回はすべて【 自分自身に厳しい姿勢 】で今回の更新ブログを読んで頂ければ幸いだと僕は思っている。

こんな事を書いてしまうと…じゃ、お前は立派なのか!?

となってしまうが、その事に関して僕はNO!とはっきり申し上げときたいと思う。よく、【 立派な人間=社会人 】と考える人もけっこう多いと思うが、現実には社会人だから立派な…という言い方は現実には間違いである。ある意味、人によっては【 偏見 】と受け取る方も現実社会には存在する。我々はある一定の年齢になると、バイトや就職をするが、その頃からぼちぼちと耳に入ってくる言葉がこの【 社会人 】という言葉だ。これは、僕の過去の洞察から発見した事ではあるが、上司、または親、そして同僚にせよ、この【 社会人 】という言葉を使うときは、大抵が叱ったり、相手の緩んだ心の襟を正すときによくこの【 社会人なんだから…。 】という言葉を聞くときがほとんどだ。そして、この言葉を出す事で、成人に達した人々はマインドコントロールのように、この言葉に波乗りするように、自分を勇める方向に人生を生きていくようになるのが本当に不思議だ。

実際には、この社会人とは、普通に考えると、責任をもって社会で行動をしている事をさしていると思うが、現実社会の中では、労働者としての【 社会人 】の位置づけの方が大きいような気がしてならない。また、現代のような会社社会(会社と社会とがイコールで同一視されるような社会)にあっては、社会人になることは会社員になる事とほぼ【 同義化 】されており、会社組織に所属して一定の雇用上の地位を得ること(例えば正社員となること)を指し示す場合も多いと思う。そして、社会人は実社会で権利と義務の主体として存在しているといわれている。人格が完成している者とみなされる。意思が尊重される反面、故意や過失などによる失敗に対しては、大半について制裁を受け、個人の事情が特に配慮されて許されることは比較的少ないといわれている。

一般的にであるが、社会人の始期は、学校を卒業・修了した時点であることが多いが、何らかの事情で学業の途上にあっても、同世代がほぼ全員大学を卒業する20代半ばには、社会人として待遇されることが現代社会では比較的多い。社会人の終期は、【 60歳程度 】であることが多く、一般的に定年などに達することなどによって退職を迎えた時点である。しかし、60歳を超えても、再就職を行って【 社会人 】であり続ける人もいる。社会人の場合、ある程度責任ある仕事を持ち、家族の生活を支え、現実的な思考をしている姿が歓迎されると言われている。社会人は利益を求めて働くことである。よって【 専業主婦は社会人には含まれない 】と考えられることが多い。これは、どこの社会でも皆同じような事を皆さん口にしていた。

もともと【 社会 】というのは【 欧米からの翻訳語 】である。それに【 日本独自のニュアンス 】が加えられたと聞いたことがある。日本語以外の諸外国語では日本で言うところの【 社会人 】を示すと労働者(worker)と呼ぶほかない。そもそも【 社会 】とは、人と人との繋がり、人々の集団と言う【 意味 】であり、子どもや学生、高齢者、退職者でも他人との何らかの繋がりがある限り社会に参加している人が【 社会人 】なのだと言われている。つまりは、【 人間である限り社会人である 】と考えるためであるらしい。ということは、我々は、いつしか年齢と共に、【 自然と 】【 社会人 】になってしまった…と言う事になる。では、僕の人生はどうであったかと振り返ると、やはり【 働き出してから 】両親が【 やけに 】社会人という言葉を使っていた記憶が今でも鮮明に記憶としてこの脳裏に残っている。(笑)

最初の行の話になって申し訳ないが、社会人で【 立派な人 】という人は、本当にこの現実社会では【 一握りの人材 】がせいぜいだと僕は思っている。仕事で【 業績 】をあげた功労者、そして人材群は確かに【 立派 】な【 部類 】に価(あたい)するかもしれない。しかし、僕は30代になった時、職場で色々と試練の時期を向かえた頃、僕は【 立派な社会人 】とは一体なんだろうか? と真剣に考えた時があった。僕は、色々な書物、歴史上の人物の本も読んだりしたり、職場、テレビ放映の人物を観察し、深い試行錯誤を練った時、ある【 共通の答え 】に行き着いた。

それは、【 立派 】と言われる【 社会人 】ほど、人並み【 外れた 】苦労と試練の人生を送っているという【 共通点 】を僕は見つけた。つまり、人生に【 もまれる 】事によって、【 人格 】が【 豊かであり聡明 】な人が、この【 立派 】という言葉にあてはまる方ばかりなのが本当に不思議だ。しかし、このパターンにも二つの同類項が生まれる。現実には、3つのパターンになるのだが、その三つ目のパターンは、よ~く【 人間 】を観察しないと解らないのでここでは取り上げないが、その二つのパターンとは、【 リーダーシップ型 】と【 地道な努力型 】に分かれる事だ。

【 リーダーシップ型 】の【 立派な社会人 】とは、大衆の中で【 闘う 】事により、悪い人格が【 起動修正 】され、最終的な【 結果 】として、【 一切が万事収まった 】というような成功を収めて、その人の【 功績 】を称えられるパターンだ。そして【 地道な努力型 】とは、大衆の中で…というより、【 人生と運命 】にもまれて、誰も見ていなくても【 成長 】して成功を収めるタイプだ。この二つのパターンは、どっちがエライというのはないが、精神面のエネルギーとしては【 地道な努力型 】の人の方が、【 リーダーシップ型 】よりも【 辛い 】と言えよう。

細かい分析は文字数の制限があるので取り上げないが、【 立派な社会人 】と呼ばれるようになるまでには、相当な精神面の格闘劇があるのは間違いないようだ。しかし、どちらのパターンにせよ、この二つのパターンに【 共通 】されて現れる【 結果 】が【 平等化 】という点にも目が離せない部分もある。この【 平等化 】こそ、【 立派な社会人となる肝 】のようなモノかもしれない。すべてが平等化される事によって、その人の【 生きている、そして存在している 】こと事態が、【 評価 】の価になってくるからだ。

その中で、僕の中で出た、あくまでも【 ひとつの結論 】に過ぎないが、社会人になった時、そしてなっている時、人は社会の汚泥の中で必ずしも忘れてしまう事がある。その忘れた時こそ、【 原点 】に戻って【 素の心 】から新たにスタートできた人間こそ、その人は本当に勇気ある【 人間 】であり【 立派な社会人 】の第一歩を踏み出した時と言えよう。

人間はいつの世も【 小さい存在 】だ…。だからこそ、身近な【 モノ 】を大切に出来る心が生まれた時こそ、そこからその人の【 本当の人生が始まる 】のだと言う事を今回のテーマの結論として、今回の分析ファイルの終止符としたい。


今回も最後まで読んでくれて本当にありがとう。

最近、ようやく【 前の自分 】をとりもどせつつある日を送ることができるようになってきた。けして急激な変化はないが、少しづつではあるが、昔の忘れていた何かに目覚められたような気がしている。今後も成長していきたいと思っています。

じゃぁ、またね! (^○^)/





テーマ:オタクな分析 - ジャンル:アダルト


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